
光薫寺が大切にする
「3つの柱」
仏の教えをよりどころに、
人と人とのご縁を育み、
地域とともに歩む…。
そんな思いを、3つの柱に
込めています。仏の教えをよりどころに、
人と人とのご縁を育み、
地域とともに歩みます。


仏の教え
あらゆる世代が集い、語り合う場と時間を大切に
信者、一般の方を問わず、誰もが参加できる「ライフステージ・コミュニティ」の形成に力を入れています。
小さなお子さまから高齢者まで、あらゆる世代の人々がともに集い、語り合うことで、生きる喜びや豊かさを分かち合う場を大切にしています。

ライフステージ・コミュニティ
あらゆる世代が集い、語り合う場と時間を大切に
信者、一般の方を問わず、誰もが参加できる「ライフステージ・コミュニティ」の形成に力を入れています。 小さなお子さまから高齢者まで、あらゆる世代の人々がともに集い、語り合うことで、生きる喜びや豊かさを分かち合う場を大切にしています。

地域社会への貢献
現代社会の問題を多方面から支える
現代社会に暮らす人々が抱える悩みや苦しみと向き合い、より良い人生を切り拓くお手伝いをするのも、光薫寺の大切な役割です。 核家族や独居、老老世帯などが増える時代だからこそ、人と人とをつなぐ場として地域社会に貢献しています。




光薫寺保育園
子どもの学びは遊び。報恩教育、漢字教育、 裸足保育により心身の発達を促します。仏さまに見守られ、すくすくと大きくなあれ。
福岡市博多区山王1-11-11
092-411-0600
ホームページ https://www.cokunji-hoikuen.jp

学校法人 光薫学園
あさひ幼稚園
幼稚園は子どもがはじめて出会う学校。園生活の中で主体性を育みます。仏さまに見守られた「子どもが主役」の認定こども園です。

歴史・沿革
戦後の混乱の中、4人の信徒と共に弘教を開始。光薫寺の始まりは、開基・日源上人にさかのぼります。
上人は在家時代、経力による現証ご利益で多くの人々を救済し、出家に至りました。戦後の混乱期、法嗣日進上人が中国大陸から博多に上陸し、わずか4名のご信徒とともに弘教を始めます。
昭和23年、宗門より正式に認められ「博多光薫教会」として設立されました。
昭和29年「長松山 光薫寺」と寺号を公称し、現在の場所(博多区山王)に本堂を構えたのが昭和39年です。
昭和58年、先住・日元上人が住職を継承。30年以上にわたるご奉公では多くの功績を残されました。
そして平成27年、信翠化主が新住職として受け継ぎ、信者と共に菩薩行に励んでいます。

福岡市三社町(現在の福岡市博多区博多駅前)にあった光薫寺(昭和29年)
光薫寺略年譜
| 昭和12年 | 開基日源上人、大陸弘通開教司監として本門法華宗より命を受ける(当時、本門仏立宗は本門法華宗の内部団体) |
| 昭和13年 | 上海・佛立寺建立 |
| 昭和14年 | 南京・佛立寺建立 |
| 昭和19年 | 日源上人、南京にて御遷化(法寿69才) |
| 昭和20年 | 終戦により上海・南京の仏立寺は中国政府によって接収 |
| 昭和21年 | 先々住日進上人、中国大陸より博多港に上陸 |
| 昭和23年 | 信徒4名と共に六畳一間の仮道場にて弘通開始 |
| 昭和28年 | 博多区三社町に本堂建立 |
| 昭和29年 | 寺号公称 |
| 昭和39年 | 現在地に本堂移転 |
| 昭和43年 | 納骨堂竣工 |
| 昭和44年 | 新本堂竣工 |
| 昭和45年 | 客殿完成 |
| 昭和47年 | 対馬別院竣工 |
| 昭和50年 | 鳥栖別院(旧光道寺)竣工 社会福祉法人光薫福祉会設立認可 光薫寺保育園・教務宿舎竣工 |
| 昭和54年 | 小川島別院竣工 月刊誌「まごころ」創刊 |
| 昭和57年 | 古賀別院竣工 |
| 昭和58年 | 住職交代(日進上人→日元上人) |
| 平成4年 | 唐津別院竣工 |
| 平成6年 | 特別養護老人ホーム・ケアハウス光薫寺ビハーラ竣工 |
| 平成9年 | 講堂竣工 |
| 平成14年 | 「こだわりを捨てる」出版 |
| 平成20年 | 粕屋別院竣工 |
| 平成23年 | 先々住御遷化(法寿94才) |
| 平成27年 | 住職交代(日元上人→現住) |
| 平成28年 | 霊堂竣工 |